身近な感染症:食中毒編②


CONTENTS - 目次

腸管出血性大腸菌に気をつけよう
① 腸管出血性大腸菌とは

 我々の腸内に常在している大腸菌はほぼ無害なのですが、大腸菌にはこのような病原性のないものや、腸管出血性大腸菌のように強い病原性を有するものまでさまざまな種類があります。腸管出血性大腸菌という名称は、この菌の病原性を示したものです。腸管出血性大腸菌には、菌の構成成分の特徴によってO157とかO111とかの種類にわけられます。志賀毒素という強力な腸管毒を産生し、きわめて少量の感染量で食中毒を起こすことが特徴です。現在でも毎年数百例もの患者が発生していますが、生肉や加熱不十分な肉の摂取、衛生管理の徹底不足や二次感染など、過去には、集団感染という深刻な事態に被害が拡大したケースもあります。腸管出血性大腸菌の予防については、通常の細菌性食中毒の予防と同様に、「つけない」「増やさない」「やっつける」の三原則が有効です。

生肉と生野菜の写真
腸管出血性大腸菌による食中毒発生状況のグラフ
腸管出血性大腸菌による食中毒発生状況1)

② 意外な関係?腸管出血性大腸菌の予防とトイレ習慣

 平成8年7月に大阪府で学校給食によるO157の集団感染が発生し、多くの児童に被害が及びました。大阪府立母子保健総合医療センターでは、入院した児童の排便が、重症の児童は5人のうち3人が2日に1回以下、死亡した児童では3~4日に1回であったことに注目しました。そこで、O157が児童の腸内にとどまっていた時間が重症度を左右したのではないかと推測し、O157による食中毒の疑いで同センターを受診した小学生を対象とした、排便習慣と重症度についての大規模なアンケート調査を実施したところ、以下のような結果が出ました。


トイレに座る子供のイラスト

<排便回数と重症度との関係>
 回答者259名のうち、1日の排便回数
 ・1日1回以上・・・73.2%
 ・1日1回未満・・・26.8%
 このうち、血便症状を示した児童
 ・1日1回以上・・・30.1%
 ・1日1回未満・・・26.8%

<排便の時間帯と重症度との関係>
 (a)・排便時間が決まっている児童
   →28.9%の児童が血便症状(無症状の児童も同程度)
   ・排便時間が決まっていない児童
   →45.4%の児童が血便症状

 (b) 具体的な排便時間帯(朝、昼、夕、夜、不定)との関係では、「必ず朝に排便のある」児童は「朝に排便のない」児童に比べて軽症で済んでいました。

 以上の調査によって、排便習慣がO157食中毒の重症度に関連のあることが示唆されました2)。すなわち、排便習慣がない児童では重症度が高く、排便習慣があり、特に時間帯などが決まっていて規則正しい排便習慣のある児童では軽症で済んだ、ということです。おなかの中に、O157がとどまっている時間が短いことが食中毒の重症度を低減させたということです。おなかの調子を整えることと食中毒の予防とは、一見かけ離れているように感じます。上記の調査結果は、日常の正しい食生活でおなかの環境を整えることが規則正しい排便習慣につながり、さらに、それが食中毒予防の大事なポイントになっている、といえるのではないでしょうか。
 腸管出血性大腸菌などによる食中毒予防は、「つけない」「増やさない」「やっつける」など、食品や調理器具の取り扱い、衛生環境への配慮が必要です。また予測できない事態に備え、普段から規則正しい排便習慣をもつなど、おなかの健康を維持することも大切です。おなかの調子を整えるには、乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスが有効とされ、腸管感染症による急性下痢症の発症リスク低減効果を示す報告もあります。

【参考文献】
 1) 厚生労働省 食中毒統計資料:病因物質別食中毒発生状況(2008~2015年)
 2) H. Kitajima et al. Daily bowel movements and Escherichia coli O157 infection. Arch. Dis. Child. 2002, 87(4), 335-336.