腸内フローラ④:ヤクルトの取り組み(後編)
ヤクルト独自の腸内フローラ解析技術による成果
腸内細菌の解析に用いられるメタゲノム解析では、菌を培養することなく、微生物の集団から得たDNAをまとめて解析しますが、この方法では、一般に便1gあたり10⁷(1,000万)個より少ない少数派の菌は検出限界未満となり、全く把握できません。
ヤクルトでは少数派の菌も重要であるとの考えから、前編でも紹介したとおり、「YIF-SCAN®」を研究に役立てています。
世界初、腸内細菌の菌群の標準値を設定1)
「YIF-SCAN®」を用いた研究成果の1つに、日本人の腸内フローラの菌群の標準値設定の取り組みがあります。健常な日本人671名の腸内細菌を「YIF-SCAN®」で調べ、菌群ごとに検出率の分布をまとめました。腸内フローラを構成する主要な嫌気性菌から、有用菌である乳酸菌や日和見感染症の起因菌などの通性嫌気性菌まで、それぞれ菌群ごとに(対数)正規分布しており、標準値の設定が可能であることが分かりました。
腸内フローラの菌ごとの数を(対数)正規分布で示したのは、世界初の成果です。
2型糖尿病患者の腸内フローラの乱れを実証2)
順天堂大学との共同研究では、日本の国民病といわれる2型糖尿病患者50名の腸内フローラを「YIF-SCAN®」で調べました。罹患していない人と比べ、腸内細菌の総数に違いはないものの、腸内細菌の構成が大きく異なることが分かりました。そして驚いたことに、血液からの生きた腸内細菌の検出率は、通常(健常者)では4%(50名中2名)であったのに対し、2型糖尿病患者では28%(50名中14名)と高いことが分かりました。
このことから、日本人の2型糖尿病患者は、腸内フローラが乱れ、腸内細菌が腸内から血液中へ移行しやすい状態であることが明らかとなりました。2型糖尿病は、身体のさまざまな部位に悪影響を及ぼすことから、腸内環境の改善が新たな治療法開発につながる可能性もあるとして期待されています。
大うつ病患者は腸内の有用菌が少ないことを実証3)
国立精神・神経医療研究センターとの共同研究では、国民の健康をおびやかす重大な病気の1つであるうつ病について、大うつ病患者43名の腸内フローラを「YIF-SCAN®」で調べました。試験の結果、大うつ病患者は健康な人と比べて、ビフィズス菌などの有用菌が少ないことに加え、ビフィズス菌と乳酸桿菌ともに一定の菌数以下の人が有意に多いことを世界で初めて明らかにしました。うつ病の原因は、これまでに神経伝達物質の異常、ストレス反応における内分泌学的異常、慢性炎症などの要因が提唱されてきましたが、いまだに不明な部分が多いのが現状です。この結果は、有用菌の減少がうつ病の発症リスクを高める可能性を示唆するもので、腸内フローラが脳の機能にも影響を与えること(脳腸相関)を示唆する研究成果として注目されています。
腸内フローラ研究における「YIF-SCAN®」の役割とは
腸内フローラの高感度定量が可能な「YIF-SCAN®」は、ここで紹介したように、健康な日本人の主要な腸内細菌群の標準値を設定しようとする取り組みや、糖尿病やうつ病などの疾患時の腸内フローラ異常(ディスバイオシス dysbiosis)を見出すなど、腸内フローラとヒトの健康との関わりを詳しく理解するための研究活動に役立てられています。
今後は、この「YIF-SCAN®」とメタゲノム解析のそれぞれの特徴を活かした相補的な研究の展開により、腸内フローラとヒトの健康との関わりがさらに明らかになっていくことが望まれます。
【参考文献】
1) 野本康二 他. 腸内フローラ解析システム YIF-SCAN®. 腸内細菌学雑誌. 2015, 29, 9-18.
2) J. Sato et al. Gut dysbiosis and detection of "live gut bacteria" in blood of Japanese patients with type 2 diabetes. Diabetes Care. 2014, 37(8), 2343-2350.
3) E. Aizawa et al. Possible association of Bifidobacterium and Lactobacillus in the gut microbiota of patients with major depressive disorder. Journal of Affective Disorders. 2016, 202, 254-257.